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吉田秀和は偉いか

…と言っても、クラシック音楽に興味のない方には、吉田秀和ってだれ?…でおしまいでしょう。そうですねえ。クラシック音楽批評家のテッペンの人、この人以上に偉い批評家は日本にはいないと言われる人だと言っておきましょうか。001


その吉田秀和は「本当に偉いのか」という特集を、「クラシック・スナイパー」というよほど偏屈なクラシック・ファンでなければ読まないような小雑誌で特集していました。許光俊とか鈴木淳史とか少々トンガッた評論家たちが吉田秀和についてあれこれ書いていて、とても面白かったのです。世の中にはいろいろな文章が存在しますけれど、いちばん面白いのは「批評の批評」だと私は確信していますから、活字離れの著しい私も、ひとときこの雑誌に没頭してしまったという次第です。003


吉田秀和は「レコード芸術」に毎号巻頭エッセーを連載していますが、そのタイトルが「之を楽しむ者に如かず」です。意味がよく分かんねえ、と私などは思ってしまいますが、その書き方はモノローグ風ながらも、まずまず分りやすい明快な文章といっていいでしょう。でも、ある演奏家を取り上げて分析している内容が、はてな、これは褒めているのかな?それとも貶しているのかな?とよく分からない状態に陥る場合もしばしばありますから、単純に明快な批評と思ってはいけないのかも…。004


吉田秀和が偉いのか偉くないのかは、結局よく分からないままなのですが、クラッシクを楽しむ一つの大きな羅針盤のような人であることは確かな気がします。ジャズでは植草甚一や油井正一が亡くなった後、羅針盤が失われたままの状態が続いていることを考えれば、クラシックの吉田秀和は唯一孤高の存在として大事にしたいなと思います。

そうか。大震災から、もう2ヶ月も過ぎたのか。


夏の雨かくもこの駅薄暗く       大波

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