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黒澤明という時代

ようやく年賀状を作り終えて、すべて投函したのですが、プリンターが作動している間は手持ち無沙汰なので読んでいた本が、小林信彦の「黒澤明という時代」(文藝春秋)でした。小林さんの本はどれもそうなのですが、実に読みやすいのに絶えず知的好奇心を刺激するので、一気に読み終えてしまいました。この本は簡単に言えば、黒澤監督の「姿三四郎」から遺作の「まあだだよ」までの一本一本の作品論なのですが、いかにも小林さんらしく、ご自分に引き寄せた鋭い論評が抜群に面白くて、例えば「赤ひげ」でのユーモアの欠如、美しい工芸品のようだが魂をゆさぶらない「影武者」「乱」、といった数々の指摘にはうなずかされました。また、「生きものの記録」以降「八月の狂詩曲」まで黒澤映画は原爆=核への恐怖の影を引きずっているという点も、数多いほかの黒澤論でもあまり触れられなかった点ではないでしょうか。「映画は封切のときに見るに限る」という小林さんにとって、黒澤作品を論じるときはいつもそのときそのときの社会の動きと自分自身から離れることがありませんので、「…という時代」のタイトルはまったく正しいと思いました。

  白黒の映画を好み年暮るる      大波

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