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「求道派」と「土着派」

私が現在読んでいる本は、「わたしの嫌いなクラシック」(洋泉社)という新書で、著者の鈴木淳史という人は、「レコード芸術」や「音楽の友」などのメジャーな雑誌では絶対にその文章を読むことのできない変則的クラシック音楽評論家です。その鈴木さんが吉田秀和や宇野功芳、黒田恭一らクラシック界の大御所たちの文章を徹底的にからかった「クラシック批評こてんぱん」(同じく洋泉社)という超オモシロい本を読んで以来、私はすっかり彼の大ファンになりました。その鈴木氏が、嫌いな作品、嫌いな演奏家を次々に槍玉にあげてクサしているのですが、よく読んでみると「嫌い」の裏に愛情がほの見えたりして、なかなか味わい深い本であります。この本の中で、日本人演奏家には二つのタイプがあり、一つは本場西欧のものに近づけようと日夜マジメに努力する「求道派」で、小澤征爾や佐渡裕がこのタイプ。もう一つは、本場と同じなんてムリだから日本的なやり方をさせてもらいますと開き直る「土着派」で、朝比奈隆や小林研一郎がこのタイプ、なのだそうです。いずれにしても、「求道」「土着」双方共にきわめて日本的な現象なので、鈴木さんはどちらも「苦手」だと結論づけているのでありました。そうか、ジャズにも同じことが言えそうだし、ロックやフォークを含めて西欧が本場の音楽を聴くということも、これでなかなか難しいことなのかも知れないな、としばらく考え込んでしまいました。

  おほいなる魚の群るる処暑の岸      大波

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