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「終戦日」の俳句

毎年、八月のこの時期になると、お盆の俳句とともに「終戦日」もしくは「終戦忌」「敗戦忌」を季語とした俳句がどっさり出てきます。きのう(15日)の吟行でも、敗戦日当日だっただけに、山のように「敗戦日」俳句を読まされてしまいました。しかしこの「敗戦日」という季語は、年々戦争の記憶が薄れてくるにつれて、非常に扱いの難しい季語になっていると思いませんか? 若い方に多いのですけれど、これをただの取り合わせの材料に使い、底の浅い抒情句を詠んでしまう例が増えているような気がします。かと言って、この季語をあまりまともに重々しく使ってしまうと、俳句が俳句でなくなってしまう危険性もあるのですね。ちなみに歳時記に例句として掲載されているのは、みなこうした重量級のベタな「終戦忌」俳句ばかりです。歳時記によっては、そもそも「終戦日」という項目を立てていないものもあり、そうなると、抜けるような夏空、蝉時雨、玉音放送、虚脱感…等々の記憶は年々遠ざかるばかりなのでしょうか。う~~~む、ほんとうに、それでいいのかなあ?

  白鷺の田に降り立てる終戦日        大波

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