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フルトヴェングラー

お写真を拝見すると、いつも厳めしい表情でひたすら恐れ多く、なんだかうるさ型の親戚のおじさんみたいだなあ、と思ってしまいます。半世紀以上前に亡くなられたお方なので、残された音源はどんなに改良を加えてもやはり古めかしく、ベートーヴェンの交響曲などを聴きたいなと思ったときは、ついフルヴェン様ではなくカラヤン様以降の新しめの指揮者のCDに手を伸ばしてしまいます。もちろんフルヴェン様のベトヴェン交響曲はセットでちゃんと所蔵していますけれど、滅多にプレイヤーに乗せることもなく、神様仏様フルヴェン様と棚に飾ってあるだけの存在なのですね。筋目正しいクラシック愛好家のかたがた、私は度し難いクラシック・ミーハーなのでしょうか? そんな私がこれだけはフルヴェン様様だと身も心も引き込まれてしまう音楽は、ワグナーなのです。特にウィーン・フィルを指揮した「トリスタンとイゾルデ前奏曲」や「イゾルデの愛の死」などは、音楽を通してワグナーの高貴な精神にじかに触れてしまったような心持になるのですが、こんな体験はほかの指揮者では絶対にあり得ません。映像では観たことありませんが、フルヴェン様はよく指揮棒を下から上へ撥ね上げたそうで、フルヴェン様はそうやってタマシイを高みに撥ね上げたのでしょうか。できれば半世紀を遡って、フルヴェン様のナマを観て聴いてみたかったっす。

  坂道にかつと日の照る野分後       大波

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