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大根を弁護する

山猫軒さん、グレゴリー・ペックが大根であるという説には、反対いたしません。ちなみに映画俳優名鑑みたいな本を読んでみると、「アメリカの良識と知性を代表する俳優」とありまして、なるほど物は言いようとはこのことかと思いますね(笑)。ちなみに、どうして下手な俳優を「大根役者」と言うのかと、これも辞書を引いてみると、「いくら食べても当たらないから」ですって、あはは。でも、ペックは、結構当たり役者ですよね。御存知「ローマの休日」は言うに及ばず、古いところでは「渚にて」、その後も「大いなる西部」「ナバロンの要塞」「白鯨」とハリウッド黄金時代を築いた一角と言ってもいいかもしれません。実のところ、私は結構ペックが好きでして、「子鹿物語」「頭上の敵機」「アラバマ物語」「レッドムーン」「マッケンナの黄金」なんか、それぞれ今も面白さが蘇ってきます。もちろん、ペックが何か演技したというのではありませんけれど…。まあ大根というものは、本体はただ真っ白な何の味もしない代物ですけれど、おでん汁をしみこませたり、ミソだれをかけて風呂吹きにしたりすると、とてもうまくてビタミンCもたっぷりです。同じようにゲイリー・クーパーもすぐ共演者に食われてしまう大根さんですが、演出とか共演者とかの味が沁みこめば結構食えると思います。アラン・ラッドもそうかな。虚子みたいに大根の葉っぱが流れていくのに感銘を受けるだけではなくて、大根本体をこれからもせいぜい愛していきたいなと思う私です。そうっすねえ、明日は大根と油揚の味噌汁にしようかしらん(笑)。

  頂に社のありて夕桜         大波

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コメント

大根も使いようである、と、私も思います。森遥子さんが本の中でリズ・テイラーのことを「恐るべき美貌、恐るべき大根」と書いていて、要するにタダモノではないんですよね。「アラバマ物語」も、どこにいるのさ、こんなマブしいおとーさんはと思いましたし、不動の人気にまちがいはなく。個人的にはリズは、大胆さと紫の目が好きですが。
ペックには翳りがあるというか、翳りのある天然、を、全部見てないけどヒッチコックは利用しているのかなと思いました。

投稿: 山猫軒 | 2009年4月 4日 (土) 20時44分

舞台では名優と呼ばれた役者も、あれはアップがないからで、映画だと、大袈裟でくどい。滝沢修の民藝「セールスマンの死」は名演でしたが、映画で彼の代表作は寡聞にして知らない。監督に恵まれなかった。宇野重吉は舞台では滝沢とは比べ物にならないくらいの大根でしたが(「チェーホフの手紙」のゴーリキーのひどさと言ったら)、熊井啓監督と出会って「日本列島」という名演を残した。まさしく「大根も使いよう」。料理人である監督で決まると思います。

グレゴリー・ペックがヒッチコックの白黒映画「白い恐怖」で、毒が入っているかもしれないミルクを階段を登りながら運ぶシーンは、ミルクに光を当てるヒッチコックの演出で名演となっているというように。
「頭上の敵機」も、ヘンリー・キングの演出とレオン・シャムロイのカメラが良かった。観客の目線をあっちこっち飛ばす馬鹿が今は多いのですが、退屈な映画ではありますが、安心して映画の時間にひたれるのは、そういう基本的な技術がシッカリしているから。右から左へ目線を持っていったら、次に右から出られては首筋寝違えるではないか。昔の映画はB級と雖も見られるのは、映画の基本的技術を押さえている職人が多かったせいでしょう。今は邦画でまともに雨を降らせることも出来ない。日活の特撮部隊がなくなったせいもあるでしょうが。

加山雄三でも黒澤明の「赤ひげ」だから大根なので、岡本喜八が料理すれば活きます。

映画は脚本と演出とカメラが良ければ大根が出ていようが見られるものですが、アップに耐えられない顔をしている役者と声の悪い役者はどうしようもない。こいつ出すのかよ、と顔ぶれ見て見ないことがあります。武田鉄也と桃井かおりをアップした「幸福の黄色いハンカチ」は台湾の日本映画ファンが泣いていました。こんな顔アップにするなと。
黒澤明が「乱」で宮崎美子を一度もアップにせずに、首切ってお花畑に転がしたのはさすがにエライ!

投稿: 猫髭 | 2009年4月 5日 (日) 09時36分

アメリカの良心と言われたのはケビン・コスナーでしたっけ?
私はやっぱりチョイ悪系の俳優さんが好きですね。
それにしても、発声の悪い俳優は×です。何言ってんのかわからないというのは致命的。邦画なのに、字幕が欲しいと思う映画が時々あります。悲惨。
あと、やたら暗い画面。昔のモノクロ映画は色調は暗いけど、画面はしっかりしている気がします。
この頃の映画は背景の手抜きをごまかすために、わざと見えにくくしているのだろうか、と勘繰りたくなるほどの物がありますね。

投稿: ほたる | 2009年4月 5日 (日) 15時12分

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