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惜春、暮春

季題別俳句全集を何冊か読んでいるうちに、面白いことに気がつきました。たとえば富安風生は「惜春」という季語が大好きらしく、「おもむろに粽を解いて春惜しむ」など、いっぱい春を惜しむ句を詠んでいるのですが、「暮春」という季語は2~3句しか使っていません。反対に飯田龍太は「暮春」が好きらしく「木には木の水には水の暮春かな」など暮の春を詠んだ句が結構ありますが、「惜春」の句は見当たりません。思うに、風生は春を惜しむという感慨に身を浸し、龍太は情を抑えて静的に春の過ぎ行く時間に身を置くのが好きな俳人だったのだと思います。さて、自分はどうかな? と考えると、まだそこまで季語に自分を託す境地までは行っていない、と恥じ入るばかりです。しかし、晩春はなんだか眠い季節ですねえ。昼間からうたた寝ばかりしています。そのせいで、こんなふうに真夜中にパッチリ目が覚めたりするんですね。これじゃ体に悪いだろうなあ。もう一寝入りしようっと。

  サイレンの不意に鳴り出す暮の春        大波

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