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お墓に秋風

優しいけれども厳しい親戚のおねえさんたちのようなお二人(特に名を秘す)が、亡妻の墓参りに来てくれました。高台にあるお墓は、秋風の通り道。風が頬を掠めていくのを心地よく感じながら、一人ずつ墓前に手を合わせました。いきなり話は飛んでしまいますが、「千の風になって」という大ヒットした曲がありますね。あの歌を、私はどうも素直に受け取れないんです。亡くなった方がお墓の中にはいなくて、千の風になって遺された者へ吹いて来るという歌の本意は、分かりすぎるほど分かります。確かに逝ってしまった魂は、風はもちろん、星や草木や鳥やさまざまなものになって、遺された人々を見守っているかもしれません。私だって時たま夜空を見上げるとき、「あ、あの星がそうなのかな」とか思ったりすることがあります。でも、墓標というものは、亡くなった人のためというよりは、遺された者のための追悼や再会の形ある場としてそこにあるわけで、「私はそこにいません」と言われたって、どうも、ねえ…。そんなことは分かりきってるわい、と反論したくなるんです。 私には、どうもスジの違うセンチメンタリズムのような気がするんですが、これってヒネくれているでしょうか?お墓参りのあと、二人のおねえさんからは心尽くしのお品を頂戴して、ひさびさにじっくりお話しすることができ、とてもゆったりした気持ちになりました。こんな有意義な時間を持たせてくれたのも、もうこの世にはない魂の力なのかも知れません。ありがとさん、仏になった君。

  秋風も汝の墓もまた無心なり       大波

  

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