« 2008年9月14日 | トップページ | 2008年9月16日 »

老いるということ

「敬老の日」なんですね。私は「老人」としては自分はまだ新米だと思っているのですが、その私にしても、今の世の中に「敬老精神」などというものが存在するとは、全く信じられませんのです。シルバーパスを使ってバスに乗ると、車内にはじいさんばあさんばかりという現象がよくあるのですが、そのじいさんばあさんたちは少しも穏やかで安定した表情をしておらず、みんな猜疑心に満ちた敵意の視線を飛ばしあっているような気がするんですよ。誰かに敬われたり大切にされたりする毎日を送っていれば、あんなに険しい表情をしている筈がないと思うのですけれどね。話は変わりますが、最近の吉本隆明の老いについて書いた文章を読みますと、老人になると運動能力は次第に衰えるが、考えることや妄想すること、想像力を働かせる能力はなお発達を続ける、と述べています。そうなんですよ、特に「妄想」のレベルは若い頃と少しも変わらず、むしろナマナマしさを増しているような気がするんですね。気持ち悪いですか? ご安心ください。妄想を実現する手足の運動能力は、とっくに衰えて使い物にならなくなっていますから(笑)。そうかそうか、こうしてオレは谷崎潤一郎や川端康成の世界に近づきつつあるんだななどというのも、これまた妄想でしょうか(笑)。まあ、こんな妄想老人を敬えというのは土台無理でしょうから、敬老の日はさりげなく無視して、ただ穏やかに一日を過ごしたいと思うのでありました。

  花束を置き忘れたる雨月かな        大波

| | コメント (0)

« 2008年9月14日 | トップページ | 2008年9月16日 »