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高浜年尾のこと

虚子一族の中では、高浜年尾がなんとなく好きです。虚子、立子の蔭に隠れ、また、関西中心の活動をしていた人なので、娘である稲畑汀子と比べても比較的地味な生涯を送ったという印象があります。「父虚子とともに」という年尾の自伝を読むと、子供のころは寝小便癖があって、粗相をすると虚子によく熱いお灸を(10本も!)据えられたらしいですね。また、開成中学受験のときには鎌倉の家に受験票を忘れてしまったり、早い話がどことなく「天然」っぽい人だったような気がします。年尾全句集(新樹社)を持っていまして、400ページ余りに2段15行とぎっしり俳句が詰まっています。ほんとにこの人、俳句が大好きだったんだなぁと思います。「ものの芽にたたずみゐるは主かな」なんて、なんの技巧もない句をおよみになるのですが、それがまた人をホッとさせるんですね。間違っているかもしれませんが、私は何の変哲もない俳句が最高だと思っているものですから、年尾さんは、ある意味で理想の人なんです。おかしいですか?

  春落葉搔き分け鴨のひと番       大波

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俳句」カテゴリの記事

コメント

高浜年尾がある意味で理想の人。渋い。辻桃子は飯島晴子に「こういうのは俳句ではない」と『年尾句集』を示されたそうです(笑)。わたくしも好きです。

  雪空は駅の煙によごれけり 年尾

投稿: 猫髭 | 2008年3月 6日 (木) 01時14分

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