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回想と写生

俳句の自句自解は、弁解や自慢話になりやすいので殆どやらないのですが、下の句については自分でも普段考えている問題と絡んでいるケースなので、ちょっと書いておきたいと思います。

  スケートの氷削れる音の過ぐ      大波

20年余り前に、私は単身で神戸に勤務していましたが、そのとき神戸で「N●●杯フィギュアスケート大会」が開かれ、私は主催側の責任者として毎日スケートリンクに通いました。ナマのフィギュアスケートというものを見たのはこのときが初めてだったのですが、特に競技前の練習の迫力に圧倒されました。スケートの刃が氷上を滑るとき、キラキラと氷の粉が照明に舞い上がり、シューッという音を発するのを今もなまなましく思い出します。あれはテレビ画面で見る華やかなバレエのような印象とは異なり、人間一人の全体重を乗せて走る二枚の刃をひしひしと感じさせる滑走音でした。なるほど、これはバレエではなくて、たしかに「スポーツ」なんだと思ったものです。この体験が、たまたまテレビのフィギュアスケート・グランプリを観たことに触発されて、なまなましい回想として蘇ったので一句詠んでみたのですが、こういう回想の句作を「写生」と呼べるのかどうか、私にもよく分かりません。みなさんはどうお考えでしょうか?

  ビル群れて蒼くけぶらふ年の暮      大波

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