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終戦の日

終戦を迎えたのは、秋田の鳥海山ろくの小さな村でした。私は小学校二年生。ラジオで天皇陛下の終戦の詔勅を聞いたのは確かですが、あまりに映画やテレビでその場面を見すぎたので、私の記憶するラジオの前の光景が現実だったのか映画の一場面だったのか、今ではよく分からなくなっています。なんだかよく分からないけれど、とにかく戦争は終わったのだということだけが、子どもの私たちにも伝わりました。別に嬉しくも悲しくもなかったと思います。それだけ子どもだったんですね。いろいろなことを考えるようになったのは、疎開先の秋田から、故郷の仙台に帰ってきてからです。B29の爆撃で中心部が焼野原になっていた仙台の街を見て、これからはとにかく生きていこう、生きていくためなら悪いことでも何でもやってやろうと思ったのは、ハッキリ覚えています。小学校低学年のただの子どもが恐ろしい思想を抱いたものですねえ。以降、表面はおとなしいけれど、内実はアナーキーなガキとして成長し、今日に至ったというわけです。戦後62年か、うーむ。私の中には、まだあのアナーキーなガキが棲んでいるのか、自分でもよく分かりません。

  墓参りさへ炎ゆる日にさへぎられ      大波

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