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F代さんのこと

N野F代さんの初めてお会いしたのは、もう十年以上前のこと。私は、父が俳人だったとはいえ、本格的な句作をてがけたこともなく、西も東も分からない初心の時代でした。でも無我夢中で俳句修業を続けているうち、F代さんの俳句の自由自在の境地、その奥深さに惹かれて、無謀にもF代さんの本拠地である関西は神戸の句会に、単身乗り込んだのであります。ずらりと居並ぶ元波多野爽波門下の手練れのおねえさまたち。わたしゃ、身震いしましたね。出句された作品のレベルの高かったこと。リーダーのF代さんをはじめとする連衆の選の厳しかったこと。私のヘボ句は、ほとんど無銭、ちがった、無選の状態で私は青菜に塩を山盛りの落ち込みかたをしたのでした。でも、F代さんたちおねえさまがたは、句会のあとは天使のように優しく、おいしいお酒とご馳走でたっぷり私を慰めてくれたのです。F代さんと、F代さんに影のように付き添うE本ミッチーさんたちの俳句に対する厳しい姿勢と、仲間に対する無限の優しさは、今も少しも変わりません。俳句の世界で、私は必ずしも師に恵まれたとは言えないのですが、F代さんのように真に尊敬できる大先達がそばにいてくれたので、これまで何とか俳句を続けることができたのだと思います。F代さんには、いつまでも元気に俳句を詠んでほしいのです。

  歳晩の先の歩みに従はん    大波

  

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俳句」カテゴリの記事

コメント

大波さん

そうなんですよ、私も”文”の連衆との句会に参加させて頂いた時の厳しい批評に驚きました。しかし、それが、快感になるんですね。M吉のMたる所以かもしれません。

先日のF代さんとの句会で、
”寒桜ひとりが寄りてひとり去り”という句を出したところ、季感から言えば、今は冬桜ですとF代さんに指摘され、俳句とは、選び抜かれた季語を中核にして、一語一語を積み上げてゆくものであると、確信を持ちました。

季語の勉強不足を痛感しており、それが自分の作句力及び選句力の未熟さにつながっているような気がします。

F代さんがまとめた”爽波ノート”を肝に銘じて、俳句の勉強しますので、大波さんよろしくご指導願います。

投稿: M吉 | 2006年12月19日 (火) 23時57分

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