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俳号について

もし、あなたが、俳句をたしなむビョーキに冒されている人ならば、患者のしるしとして俳号などというものを持っていたほうがよいのでは? 実は私の本名は「勝」というのですが、これは戦争中に右翼系の親をもった男の子ならば、ごくありがちの名前。ところが私は子どものころ、運動会などではまるでやる気がなく、騎馬戦では真っ先に帽子を奪われ、綱引きはずるずる引き摺られ、かけっこはいつもビリという連戦連敗少年でした。だから「勝」という名前には忸怩たるものがあり、「あ~、おれは平和という名前だったらよかったのに~」(そんな名前あるもんか。ヒラカズって読むのかよ?)などと、ぶーたれていたんですよ。だから、今の「大波」という俳号はまことに有り難く、この名前のもとでは自分がどこにでも気ままに漂っていって、やがてザッパーンと砕け散るもよし、と超無責任な気分になれるんですよ。よく「大破」と間違われるのが難ですが(笑)。昨今はむしろ本名で俳句を発表するのが普通ですけれど、私のように深い心の傷を持った人間(笑)は、名前で癒されるということもあるかも知れないので、ぜひ素敵な俳号を!

  草枯れて鉢の名札も枯るるごと     大波

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