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新興俳句も学ばなけりゃ

日曜日のきょう(もう昨日か)も、自宅にこもりきりで仕事~俳句の本の編集にかかりきりでした。日ごろ接することのない新興俳句系の著者の本なので、自由律とか無季の俳句の引用が多く、これがなかなかタメになるんだなあ。みなさんは、山頭火や方哉はお好きですか? 私は篠原鳳作がいちばん好きなんですが、鳳作さんは、無季は無季でも、生粋の抒情派だからですね。「しんしんと肺碧きまで海のたび」なんて、素敵じゃないですか。「蟻よバラを登りつめても陽が遠い」なんて、まるごと詩ですね。しかし、グサリと胸に突き刺さる新興俳句は、やはり戦争や原爆などを詠んだ作品で、季語などはかなぐり捨てても、詠まなければならないものを詠むという切実さに打たれてしまうのです。私はもちろん有季定型を大原則にしており、今後もこの線からはずれることはないと思いますが、新興俳句でもなんでも、勉強すべき点は大いに学んでいかなくっちゃ、と仕事のあいまにふと思った次第です。おっと、仕事のつづきに戻らなくちゃ。

  山腹に冬の灯りが連なっている      大波

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