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ドガの素描

私は、俳句以前、かなり熱心に絵を描く勉強をしていました。ちょうど、神戸に単身赴任中で、とても良い画家の先生に教えてもらうことができたからです。そこで私が知らされたことは、日ごろ自分はいかに物を正確に見ていなかったかということでした。デッサンをすると、たいていどこか寸法が狂ってしまって、最後に歪んだ線で辻褄を合わせる結果になってしまうのです。先入観がモノを見る目を狂わせているのです。そんなとき、あの印象派のドガのデッサンを見ると、いかに彼が動き回る踊り子、競馬の騎手、浴槽の女性といった対象の一瞬一瞬を正確に凝視し、それをこの線しかない!という強い線で捉えているかに、ただただ驚嘆します。ドガの素描は、現実を美化せず、理想化せず、ナイフのように鋭くつめたい目で見た現実そのものです。私は「俳句はハードボイルドだ」と言いましたが、俳句は彩色を必要としない「デッサン」だとも思っています。究極の「デッサン」は、このドガの素描のようなものではないでしょうか。数多くの先入観で汚れ曇ったこの目で、どんな「デッサン」を完成させることができるか、いやはや、なんとも遠い道のりだなあ(嘆息)。

  ひとことも話さぬ夜のいとどかな    大波

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